フォントでコミュニケーションする方法 その5 「フォントを味方につけるには? クリエイティブディレクター兼ショップオーナーの場合」

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植物の種子や花をアクリルキューブに閉じ込めた標本プロダクト「Sola cube」を製造販売する「ウサギノネドコ」。京都の町家をリノベーションしたショップは、この「Sola cube」をはじめ、鉱物や植物、ウニの殻、骨などで満たされ、様々な自然の造形物に囲まれた博物館のような空間です。自然の造形美をテーマにしたプロダクトが誕生したきっかけや、その世界観をどんな風にホームページで表現したのか。代表の吉村紘一さんに話を伺いました。

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— 「ウサギノネドコ」を初めて訪れましたが、まるで自然史博物館を訪れたときのようなワクワク感を感じる空間ですね。

吉村さん〉ありがとうございます。ウサギノネドコは自然の造形美と背景にある物語を楽しむことを伝える活動をしていますので、結果的に自然史博物館のような空間になっているかもしれません。様々な自然の造形物を使った「標本プロダクト」をオリジナルで製作してもいまして、メインプロダクトである「Sola cube」は植物の造形美をテーマに4cm角の透明アクリルキューブに植物の種子や花などを封入しています。

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Sola cube

— 最近は新たなシリーズも増えているとか?

吉村さん〉黄鉄鉱や紫水晶など鉱物を用いた「Sola cube Mineral」、ミクロ生物を3Dモデリングし、そのデータをレーザー彫刻した「Sola cube Micro」などもシリーズとして登場しています。ミクロ生物ならディテールまで忠実に表現していたり、学術論文をもとにして研究者の方に監修いただいたりと、科学模型的に使われることを目指したので、完成度の高さにはかなり自信があります。また、オブジェ的にも可愛いウニの殻をきのこに見立てた標本「Uninoco」などもあります。

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Uninoco

— 吉村さんは、ここを始められる前は広告代理店で広告制作に携わっていらっしゃったと伺いました。広告代理店の社員からものづくりの仕事へと転身されたというのも驚きです。

吉村さん〉大学時代は、3DCG制作のゼミを専攻していて、当時はアニメーションなどを作っていました。そのときに自分が作ったものが世に出るおもしろさを知りまして、広告代理店に行けば色々なメディアを横断して、様々なものづくりに関われるかなと入社しました。実際、マーケターやコピーライターとして広告制作に携わることで、様々なことに関わることはできました。ただ、広告はすでに“在るもの”をどう見せるかを考える仕事だったので、仕事に深く関われば関わるほど、根本のものづくりの部分からやりたいという思いがふつふつと湧いてきまして…。そんなときに作ろうと思ったのが、この「Sola cube」だったんですよ。

— どういったきっかけで、これを作ろうと思ったのですか?

吉村さん〉何か自分で表現できるもの、できれば手でリアルに感じられるものを作りたいと思っていたときに、たまたまモミジバフウを手に取ることがありました。なんて美しいんだと衝撃を受けたのと同時に、これを越えるものは作れなさそうだなという諦めの気持ちも覚えました。そうならば、新たにゼロからプロダクトを作るよりも、この美しさを伝えるものをプロダクトにした方がいいなという発想から生まれました。最初は自分自身でエポキシ樹脂を使って試作を作っていました。これがまさに初めて作ったモミジバフウを封入した試作品です。

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— そして、このウサギノネドコへと行き着くわけですね。

吉村さん〉前職の広告代理店へは2001年に入社したのですが、そのときから10年経ったら独立しようとは思っていました。この「Sola cube」を2006年に考案して、ホームページなどで販売し始めたら、かなり反響がありまして。最初は知人ベースの口コミから始まって、東京・表参道のスパイラルマーケット(生活雑貨を通して、新しい生活提案を行うセレクトショップ)でも取り扱いが決まりました。そうやって、じわじわ広がったこともあり、2011年に独立して、ウサギノネドコをスタートさせました。

— しかし、この「Sola cube」をアーティスト作品ではなく、あくまでプロダクトとして販売されている理由は?

吉村さん〉アーティストのみなさんはご自身の表現を世に問うため作品を作っていらっしゃると思いますが、私の場合はあくまで自然の造形美を伝えることを主に置きたかったということがまず大きな理由です。もともと、自身の表現欲求に端を発してこのプロダクトは生まれましたが、自然の造形美が自分の表現よりも圧倒的に美しいことに気づいてしまったので、自分という存在は消して伝える側に徹しようと。あとは、アートの文脈に乗せるよりもプロダクトの世界に乗せた方が新しく見えるんじゃないかな、という考えもありました。ほとんどのプロダクトが機能的である中、「Sola cube」のように機能のないものが逆に異質に見えて目立つだろうなと。そこは前職で培ったマーケティング発想でのポジショニングを少し意識しています(笑)。また、たくさんの人に届けたいという思いもあったので、プロダクトの方がそれを実現出来るという思いもありました。

— ホームページを拝見したのですが、ここにも吉村さんが思い描く世界観がうまく反映されているように思いました。

吉村さん〉自然の造形美をテーマにしているので、博物館のようなテイストをホームページでは意識しています。webデザインは高橋彩さんという方に依頼したのですが、「標本ラベルのようなデザインプラットフォームを作って欲しい」とお願いをしました。メニューバーで囲み罫線を使うことや、フォントで明朝を使うことで、標本ラベル感を演出してもらったと思います。基本は游明朝という書体で表示されるデザインにはなっていますが、ホームページをご覧になるPCやスマートフォンの中にその書体がなければヒラギノ明朝、MS明朝、それでもなければどんな明朝でもいいから、とにかく明朝で表示してくれ!というデザインの設定にはなっています。アカデミックでスッキリした雰囲気を感じさせるために明朝で表示することにはこだわってもらいました。

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— 確かにスッキリとカテゴライズされたデザインは、博物館っぽさを感じさせますね。

吉村さん〉あとは「Sola cube」というプロダクトが持つ余白感を意識してデザインしてもいます。行間や文字間にいたっても、広めの余白を作ることで、情報量が多い割には息苦しくなく、文章がスッと読み手に伝わるような、削ぎ落とされた印象にはなっているのではないかと思います。ウサギノネドコのロゴも同じ理由で少し余白を広めに取ったデザインにしています。

— その話を改めて伺うと、「ウサギノネドコ」という屋号は不思議な響きがあって、それを明朝でシンプルに表現されている点が気になります。

吉村さん〉ウサギノネドコは“ヒカゲノカズラ”という植物の呼び名なんです。フワフワとした感触の葉や茎をウサギにとっての居心地のいい住空間に見立てて、昔の人がそう呼んだのだとは思います。この店もお客様にとって居心地のいい空間を目指したかったこともありますし、自然の造形美をテーマにするにはピッタリの屋号だと感じ、そう名付けました。また、京都の町家は「鰻の寝床」ともいわれるので、それにひっかかっているのも面白いですし(笑)。

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明朝にしたのは、かっちりしている中にも、どこか柔らかさを感じる書体が店のイメージと合うと思ったのと、カタカナ表記にしたのは、一見すると何の店か分からない感じがよかったからです。カタカナになると言葉があまり意味を持たなくなるというか、プレーンな雰囲気になりますよね。

— ちなみに、吉村さんが今後使ってみたいフォントはありますか?

吉村さん〉今後ウサギノネドコが紙媒体で何かを作るようなことがあれば、リュウミンとかは使ってみたいですね。明朝として定番ですし、とても美しいフォントだと思うので。と、明朝の話ばかりをしてしまったのですが、ゴシックでも 新ゴ、中ゴシックBBB、秀英角ゴシック銀あたりはシンプルかつスッキリしていて、ぜひ使ってみたいです。

リュウミン M-KL サンプル

デジタル文字は美しく進化する

— 今は町家の1階がショップで、2階が1日1客の宿、そして2015年にはその横にカフェをオープンさせるなど、展開が広がっていますね。

吉村さん〉宿とショップをオープンしてから3年でカフェをオープンしました。カフェも以前からやりたかったことなので開店することにしました。ショップがちょっとマニアックなので(笑)、カフェがある方が気軽に立ち寄ってもらえるかな、と。ショップ、宿、カフェといくつかの入口があって、どの入口からも自然の造形美を体験できる場にできたらいいなあと思っています。

今は「Sola cube」を中心に国内に約100店舗、海外に約30店舗と私たちのプロダクトの取り扱い店舗もだんだん増えてきたので、もう少し先の目標としては、またウサギノネドコの直営店を出店できればとは思っています。よくスタッフと話しているのは、「ウサギノネドコ ブラジル・アマゾン店」とかあったら面白いね、って。お店があって、すぐ近くには自然の造形美の宝庫があるという(笑)。世界各地にある自然の美しさをいろんな形で触れることができれば絶対楽しいでしょうね。

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ウサギノネドコ京都店

京都府京都市中京区西ノ京南原町37
075-366-8933
〈ショップ〉11:00〜18:30
〈カフェ〉11:30〜20:00(ラストオーダー19:00) 木曜休み
〈宿〉定員2〜5名、IN15:00〜18:00、OUT10:00 宿泊料金・予約に関してはウェブサイトを参照